5つの「逆のコト」をすれば、新しい自分に変わることができる

ー 「逆に考えてみる」ことで開ける、新しい自分・人生。

reverse

何も進歩していないという「焦り」

また新しい一年がはじまりました。
去年のはじまりは、とても憂うつだったのを覚えています。

仕事、人間関係、夢、お金。
口では「今年こそやるぞー!」と言っていましたが、実は心の奥に潜んでいたのは……

焦・燥・感。

恐怖がジリジリと迫ってきて
「今年こそやらないともうダメだぞ、お前は」と、銃口をつきつけられたような焦り、不安、悲しさでいっぱいでした。

だってだってだって、去年はマジで:

  • 仕事において、成長したのだろうか?
  • 人間として人を惹きつける魅力を得たのだろうか?
  • 何かスキルは身についたのだろうか?
  • 新しい人生の楽しみは見つけたのだろうか?
  • 大切な人と絆を深めたのだろうか?

これらの答えがハナハダ疑問。
っていうか正直言って、ノーでした(涙)。

もっと自分を変えていきたい!

もしかして、「逆」だったんじゃないのか?

私だって、努力をしていなかった訳ではない。人並みにがんばっていたはずだ。

もしかして、考え方の方向が「逆」だったんじゃ…?

そんな時、私の脳裏に少年マンガ「ジョジョの奇妙な冒険」の一節がよみがえってきた。

「逆に考えるんだ」
ジョージ・ジョースター (ジョジョの父)

ジョジョは、ピンチに陥った際に、父から聞いたこのセリフを思い出し、見事にピンチを脱する。

私も自分の考えの「逆のコト」をしてみることにした。そうしたら、去年、それが功を奏した。

逆のコト1:グッドタイミングに実施する → 「バッドタイミングでもGO!」

先日、「アベノミクスで200万円儲かっちゃった」と友だちが自慢するのを聞いて、くやピくて、涙がちょちょ切れそうになった。

私は、タイミングを見極めるのがヘタクソだ。タイミングを逸して、何度、涙を飲んだかわからない。

「ベストなタイミングにやる!」
ことを重視しすぎていたため

  • これから何かをはじめようと思ったとき→「まだ、早い。まだ大丈夫だ」とノンキに腕くみし
  • みんながはじめ始めたら「もう遅い」とあきらめてしまう

しかし実際は、「まだ早い」と「もう遅い」の間には1ミリほどしかすき間がなく、凡人にはその刹那のタイミングをつかむことが難しい。

そこで私は「逆」を行く決心した。

「もータイミングなんてどうでもいい!多分、今はバッドタイミングだろうけど、始める!」

去年、三十路をすぎて、プログラミングのお勉強をはじめた。タイミング的には最悪だ。

しかし、プログラミング言語のJavascriptはjQueryというライブラリが出ていて、昔に挫折した時より、ものすごくカンタンになっていた。

「これは…、わかる…、わかるぞ…、ヒャッハー!」
今では、ちょっとしたWeb系のミニプログラムなら、ホイホイ書けるようになった。

バッドタイミングは、グッドタイミング。

逆のコト2:何かを学ぶ → 何かを「アンラーニング」する

アンラーニングとは「学んだことを意識的に忘れる」ことだ。

普段、私たちは「過去に得た知識」にそって行動する

たとえば会社では、「過去に得た知識によってテンプレ化」したマニュアル、Webデザイン、成功事例…などなどを使いつづける。それが「効率化と改善」によって日に日に、ルールとして固定化されていく。

もう、同じ失敗はしたくないし、効率化されたものは崩したくないし、めんどうくさいことはしたくないからだなんだか、改善の先にもっと大きな果実もありそうだし。

しかし、こうしたルールに縛られてドツボにハマるのは言うまでもしない。私もブログを書いていく中で、自分の作ったテクニックにしばられ、書けなくなる、スベる、訳のわかんない記事を世に出す、といった失敗をしまくった(涙)。

恐ろしいのは、これは仕事だけでなく「個人の考え方」にも当てはまるということだ。下記は、私が最近おこなった「人生をより良くしてくれた」アンラーニング一覧だ。

  • 仕事はゆっくり着実に → アンラーニング → ハイスピードってテンションあがる!
  • 私は暗くて人見知り → アンラーニング → 俺って結構、ひょうきんで初対面でもいけじゃない。
  • Aさんって感じが悪くて大キライ → アンラーニング → 久々に先入観を捨ててあったらいい奴
  • ドラマなんてつまらないから見ない → アンラーニング → 「半沢直樹」めっちゃおもろい!
  • 国内旅行より海外旅行だろ → アンラーニング → 富士山は心がキレイになるよ、大好き。

時は流れ、世界は変わり、あなたも気付かぬうちに変わり続けている。
頭のなかで、失敗やガッカリ感から、あなたを守り続けてくれていたルールたちもう役割を終えて、卒業のときかもしれません。

もし、何か自分を制限しているルールがあったら、アンラーニングにしてしまおう。

逆のコト3:すべて段取りしてからスタート → 「確証のもてない綱渡り」もする

オトナたるもの、ちゃんと段取りして、すべて確証がとれた上でスタートしなければならない。私たちはそう考えます。

逆に言えば
「事前に、確証が取れない部分があることは、しない」
こんな風に慎重にことを進めます。

  • 受注がもらえなのなら、発注は出さない。
  • 儲からないかもしれない事業は、始めない。
  • 行き当たりばったりは、もってのほか。
  • Amazonや食べログで、一つでも悪いレビューのあるものは対象外。
  • 予約を受けつけないお店は、デートには使わない。

私もこのようなタイプだったのですが、先日、インドのヒマラヤ旅行を計画していたところ、事前に確証の取れないことだらけで、かなり悩みました。

ホテルや電車の一部は、事前に予約することができない(現地でわけのわからんインド人と交渉はキツすぎる…。ダマされたらどうしよう)。2日しかヒマラヤには滞在できないが、天候が良いとは限らない(雨が降ったら、オジャン)。人によっては、インドのご飯があわず、終始ゲリピーとなる(俺の胃腸は大丈夫なんか!?)。

しかし、どうしても行きたいという想いが勝り、エイヤで見切り発車しました。

行きの飛行機では、日本という「確証だらけの国」に飼い慣らされた胸が、恐怖でプルプル震えていた。私はいつから、こんな臆病者になっちまったんだ。 しかし、現地についたら…

超たのしい!幸運が重なり、全部どうにかなった!

そして帰国後、日常生活を見回してこう思った。 「日常にも、無意識のうちに、確証が取れないといってあきらめていたことがたくさんあったんだ」

世の中は、不確定だ。すべてに確証を取ることはできないし、すべての保険をかけることもできない。大企業が大赤字を出したり、ツブれたりしている。あなたが保険だと思っているパラシュートにも、実は穴が空いているかもしれない。

確証の持てないことにリスクを取れる人が、幸せというリターンを手にする可能性を得る。そして、摩訶不思議アドベンチャーにでかけることはゾクゾク面白い。

さぁ今すぐ、スタートゥハ!

逆のコト4:いい人でいる → 「悪いやつ」になることを許してしまう

小さいころ、両親の夫婦ゲンカを見るのが、とても嫌いだった。
そして、物心ついたことには「私は、絶対に怒らない人間になる」と心に誓っていた。

怒っている人たちを見ては、「感情のコントロールもできない信じられないほど野蛮な奴」と見下した。ケンカしている人たちを見ては、「人間が小さい奴らだ」と、鼻で笑った。

しかし、社会にもまれるなかで、認めたくない不都合な真実に気がついた。

「私自身が一番、怒っている人を嫌悪し、怒っている」

ガーン…、その時、今まで人に向けていた刃が、すべて自分に降りかかってきた。しかし、私には「絶対に怒らない人間になる」というルールがある。怒りという認められない感情を消化できず、私はグッタリしていった。

わらにもすがる思いで、自己啓発本を読んだ。
するとそこには「許しなさい」「感謝しなさい」「ポジティブになりなさい」と書いてあった。しかし、私の怒っていたため、信念がコンフリクトして、どう転んでもそんな事はできず、さらに落ち込んだ。

ある日、私の精神は限界に達した。
善人であることをあきらめて、悪いやつになることを自分のなかに許可した。

「あの野郎、ブッこ○す! 許さん! ファッ○オフ!○ね○ね○ね○ね!…」

雨の降る夜の渋谷を、堰が切れたかのようにブツブツ言いながら、とにかく歩きまわった。気が済むまで。センター街、道玄坂、松濤… 渋谷を5週ぐらいした。今思うと、警察に職務質問されなかったのが、奇跡だった。

気がつくと3時間ほどたっていた。そして、気分も晴れていた。

「人は怒ることもある。私も怒ることもある。それでいいじゃないか」と思えるようになっていた。悪人になることを許可することで、善人に少し近づけた。

怒りというのは、自分のなかのルールが破られたことによってのみ、起きる。怒ってはいけない、というルールを捨てることで、以前より怒らないようになれた。言いたいことも言えるようになったし、自然な感じになった。許し、感謝し、ポジティブになった。

時に、自分のなかで悪だと誤解していたことを許可することで、人生が広がる。

逆のコト5:お金を節約する → お金を使う時に「損」を受け入れてみる

私は、ワインが好きだ。
しょっちゅう、ネットで美味しそうなワインを調べては買っている。

しかし、ワインは高い。
お金も節約しないといけないし、はじめは千円台の「安旨ワイン」といわれる類のものを買っていた。しかし、ワインの虜となり知識が増えるにつれ、もっと上のワインを飲んでみたくなってくる。

となると、千円台では、とても物足りない。

ある日、突発的に「損してもいいや!」と思って、四千円台のちょっと良いフランスワインを買ってみた。(ワインに四千円というのは、私にとって、居酒屋にいけば料理とお酒を両方楽しめる費用であり、かなり高い部類にあたる…)

すると、リアルに千円台の四倍以上美味しかった。 口に含むと、私は中世のフランスにタイムスリップし、目の前には、古城の景色が浮かび、音楽が聞こえ、心がとろけそうになった。「まさに神の雫じゃ、これはー!」と叫んだ。

この話で言いたいことは、お金を出せばいいものが買えるということではなくて、次に説明するように、損をしてもいいやと思って、自分の好きなモノを買っていくことで「お金の循環と豊かさ」について、理解が深まるということです。

損をしてもいいやと受け入れて、自分の好きなモノを買っていく

商品(例えばワイン)の価値を心から認め、気持ちよくお金を払える事例が増えてくる

「私みたいに商品(例えばワイン)から普通の人よりも多くの幸せを得ている人がいるんだなぁ」ということを理屈でなく、心で理解する。

すると商品(例えばワイン)の価値を知る人に、価値を提供しようという心持ちになり、商品を値付けしたり、お金をもらったりするときの、変なビビリや遠慮がなくなる (反対に価値を知らない人にモノを売るのは恐怖だ)

「お金が大量に回っている世界」への理解がちょっと深まる

私は、お金のあまり回っていない中流家庭に生まれ、お金を腫れもののようにあつかい、モノの価値を知ろうとせず安物ばかり買っていたので、商売下手・自己投資下手でしたが、少し商売上手・自己投資上手になりました。
(買うワインの値段が、グングン上がってきているのが、玉にキズですが…)

マンネリに悩んでいるのなら、逆のコトをやってみよう。

あなたが今、うまくいっていないのは、方向を間違えているからかもしれません。

ちょっと怖いけど、逆のことをやってみるのは、とても価値があります。

今年をちょっと変えてみたいなら、今こそ「逆のコト」をやってみませんか?

「いいかい、怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ。やってごらん。」
岡本太郎

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