スマートフォン版へ切り替える

トップページ >  ミニマリスト・ライフハック  >  幸せになりたい  > 

死ぬ前に言いたい6つのセリフ ーー後悔しない生き方

http://www.earthinus.com/2011/10/before-death.html
おすすめ度:死ぬ前

「もし今日が人生最後の日だと知っていたら、今日やろうとしていることをやるだろうか?」
スティーブ・ジョブズ

heaven-heaven-top.jpg


「死に際にいいたいセリフ」あるよね

 今日が人生最後の日だと思って生きろ!
 そんなセリフをつきつけられるとゾッとして「そりゃあ、そうだけど、実際そうじゃないし」と言いたくなる私。

 だけど、ひそかに「死に際にいいたいセリフ」はある。
 みなさんもありませんか?

 こんなセリフをいって死んだとしたら、その人の人生はきっと輝いていただろうに、と思うような言葉。
 反対にいえば、「このセリフをいえないで死んだとしたら、何のために生きてたんや、後悔する!」と思うセリフ。

 自分なりの「死ぬ前にいえたいセリフ」をリアルに考えるというライフハックは、ちょっとした緊張感、そして、人生の意味を思い起こさせてくれる効果があります。

 「今のまま生きていたら、こんなセリフ、言えないな...」
 「こんなセリフをいって死ねるように、生き方を改めよう」

 例えば、次のような6つのセリフはどうですか?


1.「私は、自分のハートと直観にしたがって生きた」

 良い意味でも、悪い意味でも、空気を読んでしまう私たち。
 自分の短い人生を生きているというのに、時に他人にふり回され、我慢し、自分を押し殺してしまうこともあります。

 自分の人生、自分のために命を使うべきです。
 これはけして、ワガママに自分勝手に生きろということではありません。
 もっと「自分の想いを尊重する」することです。

 やりたいことがわからない?
 それはきっと、自分よりも、まわりの人、未来、過去、状況、悪い意味での自分のキャラを考えすぎて、大切なことを後回しにしすぎて「一時的に、忘れて」しまっているだけ。

 ハートと直観を尊重して生きれば、それは自然によみがえってくる。
 頭の奥そこにしまい込んでフタをしてしまった「自分の想い」をもう一度、取り出そう。


2.「私は、飾らないでありのまま、生きた」

 私たちは毎日、「警戒」しています。
 ビジネスでは足元をすくわれないように気を配り、はじめてあった人には「下に見られないように」虚勢をはったり、恋愛や人間関係においては都合よく利用されないよう神経を使ったり。

 私も恥ずかしながらその一人でした。恋人や友人の前では「俺ってすげーだろー!」とハッタリをかましたり見栄をはったり、仕事でわからないことがあっても「そんなんカンタンですよ」と自己防衛でこたえてしまったり、契約を結ぶ会社に思いっきりフッかけたり...。
 そんな風に、自分を飾って生きている間は、カッコ悪い。そっぽを向かれる。うまくいかない。

 一方でファイティングポーズをやめて、いつでもどこでも、あっけらかんとオープンに、そして自然体でいると世界が変わる。
 ビジネスの敵が、仲良しのパートナーになる。
 競ってばかりで気の休まらない知り合いが、気心の知れた友だちになる。
 ダメな部分が、カワイイと言われるようになる。
 指示を出さなきゃ動かなかったチームが、対等に協力しあうバランスのとれたチームになる。
 妻と幼稚園の友だちみたいに、ラブにあふれた仲良し夫婦になる。

 あなたは死ぬ前に、世界は敵だらけだったと思いたいですか?
 それとも、「私は、飾らないでありのまま、生きた」といって、世界は、気の合うフレンドリーな愛ある場所だったと微笑みたいですか?


3.「私は、人類に遺産を残した (1ミリぐらいかもしれないけど)」

 人が生きる目的は、何?
 だれでも一度は、考える難題です。

 それはきっと人それぞれあるだろうけど、大きな共通点でいえば、「人類を発展させること」ではないでしょうか。

 ここ最近、テレビのニュースを見ていると「人類はどんどん愚かになっていってるんじゃないか」と思うこともあります。
 だけど、歴史の教科書のはじめのころのページと比べると、戦争はだいぶ減った。病気も飢餓もけっこう減った。屋根のある家で、温かいベッドで寝られる人もかなり増えた。人類は進歩している。

 偉人のように大それたことはできないかもしれない。
 だけど、自分のコツコツと積み重ねた仕事が死んだあとも、人の役に立ったとしたら、それはうれしいことだ。
 例えば、あなたの書きためたブログが、死んだあともGoogleによって検索され読まれ、一人にでも役に立ったり、ちょっと気持ちが楽にさせることができたら、それはうれしいことです。
 遺産を残したどー!って、死ぬ前にいっちゃってOKなんじゃないでしょうか。

 自分の残す家族、仕事、家、言葉、思い出、記憶。
 「私は人類に、遺産を残した」
 そんなセリフをいって死んだらかっこいい。


4.「私は、自分の人生を誇りに思います」

 あなたは、自分の最大の応援者です。
 しかしそれと同時に、最大の「批判者」でもあります。

 他人にあれこれ言われてムカーッときたことも、結局は、自分の内なる批判者の一番 図星なセリフだったりします(思い当たるフシがなければ、アハハーって笑って流せちゃうものです)。

 「自分を誇りに思いたい」のならば、がんばって勝ち取るだけでは足りません。心のなかの批判者にお引取りねがって「自分はOK、これでいいんですよ(愛)」という態度でいることも大事です。

 こういうと「甘やかしはイカン」という人がいますが、そうではありません。
 だれもが、かなりキビしめな罪悪感、過剰な自意識、モーレツな「恥ずかしい」とい気持ち、病的なまでの自己卑下...、を内に秘めている。
 そうしたものに気がついて「そんなんゼンゼン持つ必要ないよ」といってあげることが大切なのです。

 キョドりそうになったら、
 「OK、OK。自分はOK、これでいいんですよ(愛)
 何も悪いことなんてない。気にするのキャンセル」

 そういって、堂々と。

 エネルギーを使って「アイツはイタい奴だった」と墓標の前でいわれるのは最悪ッスよ。ありのままでいれば、そっちの方が魅力的です。いろんなことも成し遂げられる。

 「私は自分を100%誇りに思います」
 そう開き直って、死ねるようになりたい。


5.「私はだれも恨んでません。許しています」

 「許さん!この怒り...死んでも死にきれん!」
 死ぬ間際にまでなって、怒りの苦しみに頭をかき乱されていたら、悲しすぎます。有終の美という言葉もありますが、これでは今までがんばってきた人生が台無しです。

 生き方は、死に方といいますが、いつまでも根に持って「許さない」という生き方をしている人は、死に際に「クソッタレ!なんで死ぬ前まで怒ってなきゃいけないんだよ!!」と最悪な気持ちを味わうハメになるでしょう。

 あなたを傷つけてくる人もいるでしょう。
 あなたを侮辱した人もいるでしょう。
 あなたの人生を狂わせた人もいるでしょう。
 顔を思い浮かべるだけで、ムカーッとくる人もいるでしょう。

 だけど、自分のために許しましょう。自分も同じだけ、反省しましょう。そして早めに水に流しましょう。たとえ、相手が極悪人や犯罪者だったとしても。
 自分の人生、他人にちょっかい出している時間、モッタイナイ。

 怒りを岩のような心に刻みつけるのは、やめよう。
 波紋はたっても、やがて静かにもどる水面のような心で、生きよう。許そう。


6.「私は本当の愛情を経験することができました」

 進んで愛情を持つこと。 結構大事?

 ある男は、居酒屋でこう、うそぶいた。
 「結婚って、なんかメリットあんの?アホ臭くね?」
 「だいたい俺なんてダメな奴だから、だれからも愛されない」
 「給料安いしビンボーはヤダ。一人が気楽」
 「あの人、離婚したんだろ、結婚するなんて頭がおかしかったんだよ」
 「全く、幸せになれるイメージがつかない」

 人生に対してドライで、冷徹で、打算的なその男は、友だちが結婚したという話を聞いて、ディスり文句が止まらない。

 しかし、数年後、状況が180度変わって、結婚してよかったと心から痛感している。その男は何を隠そう、この僕だ。
 どうしてかと理由を聞かれたら、たくさんあるけど、自分のなかに「本当の愛情」があったこと知り、その幸せにびっくりして、これを知らないで生きていた日々なんて、しょっぱかったと気がついたからだ。結婚していない人生など、ありえない。

 ......でも今は、子どもを作ることにビビッている。
 自分が親になるなんて信じられないし、この時代に子どもなんてと思うし、幸せにしてあげられるかもわからないし、満足な教育もできるか自信がない。

 心のどこかで、また別の「本当の愛情」があることを知りつつ、ちょっと弱気な勇気をふりしぼっている。

 「私は本当の愛情を経験することができました」
 そういって死にたいなぁ。


生き方は、死に方

 こんなことを考えたのは、ここ最近、二つの死を目の当たりにしたからだ。 一人は、スティーブ・ジョブズ。そしてもう一人は、私の妻のおじいちゃんだ。

 うちの嫁が、まだ結婚前に「私の彼氏」とおじいちゃんにはじめて僕を紹介した時、子どもみたいな照れ笑いをしてくれた。その顔は、ピュアで穏やかで「いい人や~」と思った。「俺を受け入れてくれるんや~、優しい」と思った。

 火葬場で、その顔を思い出したら、いい年こいて泣けてきた。
 おじいちゃんは90歳でスーッと安らかに逝った。

 生き方は、死に方。死に方は、生き方。
 そういうけれど、その通りだった。

 後悔はあったのだろうか?幸せだったのだろうか?
 だけど、間違いなくいえることがある。

 それは「6つのセリフ全部、いえただろうな」ってことだ。


This article is INSPIRED by


記事をシェアしてもらえると、生きる励みになります(^ ^)

このブログを購読する
RSS | Twitter | Facebook | メール購読

このブログが本になりました!
「人生をシンプルに変えよう!」
三笠書房より発売中!