earth in us. トップページ > ミニマリスト >
イエス・キリストの「伝える技術・伝わる話し方」
歴史上、最も多くの人に「伝えた」男
もし、全世界に20億人の顧客がいて、2000年近く存続しているビジネスを立ち上げた人物がいたら、その教えを乞いたいとは思いませんか?残念ながら、ビジネスの世界でそのような人物はいませんが、宗教の世界でそれを達成した人物なら存在します。
「イエス・キリスト」。
彼は歴史上、最も多くの人に「伝えた」人物ではないでしょうか?
ビジネス、恋愛、友だち付き合い、会社や学校での人間関係。
私たちの日常には、「伝えること」があふれています。
「この世を生き地獄にするのも、天国にするのも人間関係」だなんていいますが、そのカギを握るのがコミュニケーション能力、すなわち「伝える力」ではないでしょうか?
キリスト教徒でない人も、今日はイエス・キリストから学んでみませんか?
1.まずは相手の「知っている話」から
「伝える」のが難しいのはなぜでしょうか?
それは「相手が知らないこと」を伝えなければいけないからです。
例えばあなたが「友だちに宗教を伝えなさい」といわれたら、それは無理難題だ!と思ってしまいますよね。こうしたことは日常にもあふれています。伝えたい気持ち、売りたい商品、企画やサービスなど。伝わらないもどかしさに、私たちはいつも頭をかかえます。
そこでイエス・キリストは発想を180度かえました。
「知っていることから伝える」ことにしたのです。
「私についてきなさい。あなたを人間をとる漁師にしてあげよう」
これはイエス・キリストが漁師にキリスト教の話を聞いてもらうために使った言葉です。知っている話からはじめる。漁師には漁師のたとえ話がイチバン。
人は「自分に関係ある話=(自分ゴト)」でないと耳をかたむけません。
「知らなかった!」を狙いがちな私たち。だけど、はじめは「知っているよ、そうだよね。ウンウン、その通りだ。」という心の橋渡しをする(ラポールを取る)ことが先決なのです。敏腕セールスマンは「まずは、お客さんと小さなイエスを重ねていく」といいますが、それこそ伝わるための大前提なのかもしれません。
2.ミニマルな言葉で
イエス・キリストの有名な言葉。一度は聞いたことがあると思います。
「求めよ、さらば与えられん」
「汝の敵を愛せよ」
私は昨日の晩ゴハンもろくに覚えていないタチですが、、イエス・キリストが2000年近く前に海の向こうで伝えた言葉は、一字一句違わずに覚えています(キリスト教の信者ではないのにも関わらず!)。これは奇跡としかいいようがありません。
心に残る言葉には、ムダがない。
シンプルで、クリーンで、そしてわかりやすい。
短文力は、伝達力。
もし、イエス・キリストの時代にTwitterがあったとしたら、最もリツイートされる人物になっていたことだろう。
3.誠実かつ、ぶっちゃけて伝える
考えすぎの私たちは、何かを伝えるときに次のものを削除してまう。
・矛盾(と思われてしまうこと)
・論理的でないこと
・ジレンマ
・わかりにくいこと
・いったら、嫌われそうなこと
しかし、真実とは白黒ハッキリしない不完全なものばかり。
「グレーな部分」を削除してしまうと、真実味まで削除されてしまう。
イエス・キリストは教会から相手にされない人ともつきあった。罪人を許した。情緒不安定な弟子も愛した。グレーな部分を知り、受け入れた。そして、自分にもそういう部分があると認め、誠実にぶっちゃけて伝えた。それが信頼された。
スーパーマーケットを経営するオーケー株式会社は、イエス・キリストと同じ戦略をとって成功している。果物の売り場には、次のようなカードがおいてある。
「ただいま販売しておりますグレープフルーツは、酸味が強い品種です。おいしいグレープフルーツは2月中旬入荷予定です。」
ぶっちゃけて誠実に話すことで、信頼が生まれる。
このカードの名前は、「オネスト(誠実、正直)・カード」というそうだ。
4.形をかえて、くりかえす
人の脳の短期記憶は、20秒しか保持されない。
残念ながら、あなたの話はすぐに忘れさられてしまう。
大事なのは「形をかえて、くりかえす」ことだ。
イエス・キリストが伝えたい真実はたった一つだったが、そのためのエピソードは七変化する。あるときは迷える子羊を引き合いに出し、またあるときは放蕩息子を喜ぶ父親のストーリーを語り、またあるときは莫大な借金を負ったものを許す王様のエピソードを説いた。
こうして脳のネットワークにくりかえしさまざまな部分に関連付けられ、記憶が定着する。
「一度 いったのに、どうしてわからない!」
もうそんな風に怒るのはやめよう。
相手に新鮮な情報を提供しつつ、リピートするのが大事なのです。
警戒心と無関心をとくためには
テクニック的な話が続きましたが、もっと大事なことがあります。
それは、相手にたいしてどのような心の態度で望むか?ということです。
人に聞いてもらえない、理解されない、共感されない、信じてもらえない。
これは「警戒心と無関心の壁」があるからです。
イエス・キリストは、奉仕をすることで「警戒心と無関心の壁」を取り除いていきました。悩める人がいればその話を聞き、飢えた子どもをかかえた失業者がいれば、パンを譲っていったそうな。
伝えるために与えよう、というような打算的なことをいいたいのではありません。
(偽善者はすぐに見破られてしまう)
まずは、「隣人を愛せよ」。
反省の念がこみあげてきますが、自分勝手(エゴイスティック)な話は通じなくて当たり前。目の前の人への奉仕があるからこそ、伝わっていくものなのです。
This artcle is ISNPIRED by
誰も知らない男 -なぜイエスは世界一有名になったのか

印刷用




